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ロボットに負けたくない

この記事は CAMPHOR- Advent Calendar 2014 8日目の記事です。

 

こんにちは、@asadamanです。
今日はロボットと未来の話をしようと思います。

 

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SF映画でよくある、ロボットに人間が滅ぼされる、なんて話はあり得るはずがないと思っていました。
そういう映画を見て、ロボットは怖いって言ってる人はロボットのこととかコンピュータのことを何もわかっていない人だと思っていました。そして、ロボットは自分たちを助けてくれて、自分たちの未来の生活を明るくしてくれると信じていました。
だけど、最近になって、その考えに疑問を持つようになりました。

アルゴリズムは世界を支配する』という本はそう思うきっかけになった本の1つです。
コンピュータにできることで、その正確さもスピードも人間を上回っていることは既にたくさんあるそうです。

自分はコンピュータ以上の価値を生み出せない気がしました。自分はもうロボットに負けるんじゃないかと思いました。
大げさかもしれないけれども、自分が生きていく意味が揺らぎだして不安になりました。

ロボット(R.U.R.)』の中で、ロボットの開発者であるドミンはこう言っています。

そうです、仕事もなくなるのです。でもその後ではもう労働というものがなくなるのです。何もかも生きた機械がやってくれます。人間は好きなことだけをするのです。自分を完成させるためにのみ生きるのです。

「自分を完成させること」って何だろうか。

もし仮に働く必要がなくなったら・・・?

 

本を読んで、自分を不安させたことがもう1つありました。

コンウェイが開発した技術が世界を乗っ取ることに成功すれば理論上は我々は交流する相手を限定されるということになる。おそらく、自分と同じ性格カテゴリーに分類された人間との交流しか認められなくなるだろう。

自分はそんな世界で生きることを想像してみて怖く感じました。コンピュータによって、生きる場所、関わる人間、すべき仕事、すべてが与えられている、そんな中での生きる人間は、ロボットみたいだと思いました。そんな風にロボットのように生きるなら、自分には生きる意味がないように思えました。

少し長いですが、『ロボット(R.U.R.)』と同じ作者チャペックの『山椒魚戦争』からの引用です。

「われわれは、人類の熱狂的な事業欲と技術的反映に、目を奪われてはならない。それは、すでに死神にとりつかれた、有機体の頬にさしている病的な紅潮にすぎない。生活が、今日ほど活気を呈した時代を、人類はかつて知らない。だが、幸福な人間が一人でもいたら、私に示してもらいたいものだ。満足している階級、あるいは、その生存をおびやかされている、と感じていない民族がいたら、示してもらいたいものだ。文明のあらゆる恩恵に取り囲まれていながら、精神的・物質的にクロイソス(むかしのリディアの王で大金持ち)さながらの豊かさのなかに、暮らしながら、われわれはみな、払いのけることのできぬ不安・心痛・苦悩にとりつかれ、その重圧感は、日とともに増大するばかりである」

これを読んで、今までありえないと思っていたロボットに人間が滅ぼされるという話がリアルに思えてきました。目先の利益と忙しさに追われて生きていれば、簡単にその道に進んでしまう気がしました。

でも、もちろんそうならない選択も出来るはずです。

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でも僕たちはそうならない道を選ぶこともできるんだ
それが許される世界なら
(機動戦士ガンダムSEED DESTINY50話のキラの台詞)

 

自分にはまだどんな未来がいいのかなんてわからないし、自分の働きによって未来に貢献できることはほとんどないかもしれません。それでも、「そんなことを考えても無駄だ」と考えることをやめれば終わりだと感じました。そして、コンピュータやロボットをコントロールできる側の人間になりたいと思いました。

ロボットにならないように生きたい。
ロボットに負けたくない。

 

明日のCAMPHOR- Advent Calendar 2014担当は@akaaariiiiinです。

お楽しみに!

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